■里の奥に、あらたかな神様があられました。三国峠の途中にある権現(ごんげん)様です。里からそこに行くには1里登って、さらに下りが1里。大変遠い場所でしたが、人々は峠越えの際に夕立がきたり、夜が更けたりするとこの権現様のおそばで休ませていただくのでした。ある時、1人の男が峠を越えようとしていると、突然雨が降ってきたので、権現様に逃げ込みました。男は、権現様の近くで化け物が出る、という噂を耳にしたことがありましたので、その真意を確かめてやろうと思いました。 |
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■しばらくするとどこからともなく何ともいえぬ生臭い風が湧き起こり、女の人が櫛で髪の毛をとくような音も辺りに響き始めました。と、不気味な声が言うのです。『あのおじさんとこに行きなさい』すると子どもの声が言いました。『あのおじさん、刀持ってるよ。おっかなくて近づけないよ』さっきの恐ろしい声が言いました。『おっかながらなくてもいいんだよ。おまえが刺されることなんてないと願えば、おじさんの剣の刃は先の方からボロボロと崩れ落ちてゆくだろう』 |
■これを聞いて、さすがの男も震え上がってしまいました。そこへ、子どもが飛びかかってきました。男は武士でしたからどうにかうまくよけていましたが、子どもはそれでも向かってくるのでいよいよ剣を抜きました。するとどうでしょう。刃先がボロボロと崩れているのです。すっかりその役目を果たせなくなった剣を、男がそれでも必死に振りまわしていると、向こうの闇から何かが飛びかかってくるのが分かりました。男はその大きな鏡のような部分に、全身の力を込めて剣を突き刺しました。その時、真っ暗だった夜空に、月が浮かび、一帯は瞬時に明るさを取り戻しました。男には、化け物がその場から逃げ去ったのがわかりました。 翌朝のこと。男が調べてみると、地獄谷と呼ばれる谷で化け猫が3匹、死んでいました。 それからというもの、権現様の近くで化け物を見たという噂もずいぶんと少なくなったのでした。 |